モバードと芸術との結びつきは深く、真摯なものだ。

モバードと芸術との結びつきは深く、真摯なものだ。モバードグループの創設者であるゲダリオ・グリンバーグ(Gedalio Grinberg)はキューバ出身でニューヨークに移住し、事実上米国で唯一の“高級”時計グループを築き上げた人物である。彼は舞台芸術や美術の熱心な後援者であり、アメリカン・バレエ・シアターの名誉会長を務め、フィリップ・ジョンソン(Philip Johnson)が設計した高さ18フィート(約5.4m)の時計塔をリンカーン・センターに寄贈するなど、数え切れないほどの支援や活動を行ってきた。ゲダリオ・グリンバーグはアンディ・ウォーホル(Andy Warhol)と個人的な付き合いもあった。この友情とグリンバーグの芸術に対する強い愛情こそが、モバードのアーティストシリーズが存在する理由である。最初のアーティストシリーズコレクションは、ウォーホルとのコラボレーションで1988年に発売された。

1988年以来、モバードはヤコブ・アガム(Yaacov Agam)氏、ジェームス・ローゼンクイスト(James Rosenquist)、マックス・ビル(Max Bill)、ロメロ・ブリット(Romero Britto)氏、ケニー・シャーフ(Kenny Scharf)氏といったアーティストがデザインした時計を製造してきた。2021年にカルメン・ヘレラ(Carmen Herrera)との最後のアート・パートナーシップを行ってから4年が経過した今日、モバードはアーティストシリーズにおける13回目のコラボレーションを発表する。

Derrick Adams portrait
デリック・アダムス(Derrick Adams)氏。Image courtesy of Movado.

デリック・アダムス氏は、さまざまな分野で活躍するブルックリン在住のアーティストだ。プレス資料やアーティスト略歴には、アダムス氏のアートが黒人の経験を称えるものであると記載されているが、アダムス氏は今回のモバードとのコラボレーションに関するインタビューで、この基本的な解釈をさらに掘り下げ、「僕の周囲の環境が自身のインスピレーションの源だ」と語っている。「僕はファンタジーをとおしてだけでなく、日常という概念を主題にして作品をつくっている」とアダムス氏は説明しているが、彼と話すと、彼が日常のささやかな喜びに焦点を当てていることが伝わる。アダムス氏がつくり出すイメージについて、彼は「平面でありながら重なり合い、スケールを操作することで奥行きを語ることができる。この効果は、ビューマスター(View Master)というおもちゃで覗いているような感覚に近い」と説明する。アダムス氏は、21世紀を代表する黒人アーティストのひとりとして広く認められている。

浮き輪(Floater)

モバード×デリック・アダムス アーティストシリーズコレクションは、クラシックなミュージアムダイヤルをベースにした5つの時計で構成されている。ケースについて言えば、このコレクションのサイズは直径40mm、ステンレススティール製で、イオンプレーティング仕上げによりそれぞれ異なる色調を持つ。それぞれの文字盤には異なるデリック・アダムス氏の作品がプリントされており、モバードの標準的なミュージアムダイヤルよりも細い針が特徴だ。なおコレクション全体にスイス製クォーツムーブメントが採用されている。

これらの腕時計のほかにふたつの掛け時計があり、5つの腕時計のうちふたつのデザインを基にしたアダムス氏のイメージを使用している。掛け時計の直径は30cmだ。

アダムス氏は腕時計用に自身のプライベートコレクションから作品を選んだ。彼は制作過程で、通常は長方形である作品を円形の文字盤に変えることや、繰り返し複製され、多くの人々に見られる作品を選ぶということが新たな課題だったと語っている。「自分はどんな絵をたくさん見たいのかを本当に考えた。作品は一度きりの体験や唯一無二であるという考えを超え、より多くの人々が共感しやすいものにもなり得るんだ」と彼は語った。

浮き輪(Floating) 掛け時計

スタイル・バリエーション(Style Variation) 掛け時計

モバード×デリック・アダムス アーティストシリーズコレクションは、個別シリアルナンバー付きの限定版だ。各腕時計は125本生産され、そのうち25本は5本すべてをセットにしたコレクターズセットとして販売される。なお2種類の掛け時計もそれぞれ125個ずつ生産される。腕時計の価格は各700ドル(日本円で約11万円)、コレクターズセットは3500ドル(日本円で約55万円)で、掛け時計の価格は400ドル(日本円で約6万円)だ。

デリック・アダムス氏とモバードを代表して、スタジオ・ミュージアム・イン・ハーレムに5つのコレクターズセットと掛け時計各20本が寄贈された。これは同ミュージアムの活動支援を目的としており、同ミュージアムのプラットフォームで販売される。

我々の考え
時計の世界とのコラボレーションは、観客層の拡大やブランド価値の向上、あるいは正直に言えば特別感のあるものを限定品としてつくり出し、毎月の売上を伸ばすための単なる商業的手段だとつい軽視してしまいがちだ。しかし適切な理由に基づいて行われる場合、コラボレーションは考えさせられる要素を持ち、純粋にコレクターズアイテムとして価値のある時計を生み出すことができる。

モバードの芸術に対する真摯な愛と、アーティストシリーズを通じて芸術界を支援してきた長い歴史を考えると、これは間違いなく正当な理由によるコラボレーションだ。私がモバードのこうした限定版製作を正当化する必要はないが、このブランドがアーティストシリーズの発表を頻繁に行わないことは注目に値する。37年間で製作されたプロジェクトはわずか13件だ。特に、過去のアーティストシリーズの時計が持つコレクション性やオークションでの結果を考えれば、モバードが毎年“アートウォッチをつくる”ボタンを押しまくるようなことをしないのは称賛に値する。

製品として見ると、この時計は明らかによく考えられている。5つのイメージのうちひとつや4つがピンとこなくても、コレクションの幅広さがモバードのコレクターや芸術愛好家、時計好きにデリック・アダムス氏の作品に触れる機会を提供している。文字盤のイメージに合わせてアダムス氏がデザインしたパッチワークの革ベルトや、このコレクション専用のパッケージといったディテールは称賛に値するものだ。